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死体蝋燭

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作品名読み: したいろうそく
著者名: 小酒井 不木(こさかい ふぼく)
生年: 1890-10-08    没年: 1929-04-01

スクリプト  
作品について: 新青年」1927(昭和2)年10月号に掲載された小品。蒸し暑い暴風雨の夜の、小坊主を前にした和尚の告白。手燭の蝋燭は、先の小坊主を殺し、肉をはぎ、その脂肪から作ったものという。その死体蝋燭が、今宵で尽きる…。小酒井不木版雨月物語「青頭巾」といった作品だが、その適度な短さと練られたプロットで、当時から評判は良かったようである。
人物について: 1890.10.8~1929.4.1。本名は小酒井光次(こさかいみつじ)。医学博士。東北帝国大学教授。生理学の分野では当時世界的な権威だったという。1921(大正10)年から雑誌「新青年」に探偵、犯罪を主題にした小説、論文を発表。翌年、病気のために退職。1924(大正13)年から探偵小説家として本格的に活動した。小酒井不木については「奈落の井戸」(もぐらもち氏作成)が詳しい。筆名の読みは、「こさかいふぼく」、「こざかいふぼく」の二通りが流布しているが、もぐらもち氏は検証の結果、「こさかいふぼく」が妥当との結論を導き出している。
 死体蝋燭
小酒井不木
 宵(よい)から勢いを増した風は、海獣の飢えに吠ゆるような音をたてて、庫裡(くり)、本堂の棟(むね)をかすめ、大地を崩さんばかりの雨は、時々砂礫(すなつぶて)を投げつけるように戸を叩いた。縁板という縁板、柱という柱が、啜(すす)り泣くような声を発して、家体は宙に浮かんでいるかと思われるほど揺れた。
 夏から秋へかけての暴風雨(あらし)の特徴として、戸内の空気は息詰まるように蒸し暑かった。その蒸し暑さは一層人の神経をいらだたせて、暴風雨の物凄(ものすご)さを拡大した。だから、ことし十五になる小坊主の法信(ほうしん)が、天井から落ちてくる煤(すす)に胆(きも)を冷やして、部屋の隅にちぢこまっているのも無理はなかった。
「法信!」
 隣りの部屋から呼んだ和尚(おしょう)の声に、ぴりッと身体をふるわせて、あたかも、恐ろしい夢から覚めたかのように、彼はその眼を据(す)えた。そうしてしばらくの間、返答することはできなかった。
「法信!」
 一層大きな和尚の声が呼んだ。
「は、はい」
「お前、御苦労だが、いつものとおり、本堂の方を見まわって来てくれないか」
 言われて彼はぎくりとして身をすくめた。常ならば気楽な二人住まいが、こうした時にはうらめしかった。この恐ろしい暴風雨の時に、どうして一人きり、戸締まりを見に出かけられよう。
「あの、和尚様」
 と、彼はやっとのことで、声をしぼり出した。
「なんだ」
「今夜だけは……」
「ははは」
 と、和尚の哄笑(たかわら)いする声が聞こえた。
「恐ろしいというのか。よし、それでは、わしもいっしょに行くから、ついて来い」
 法信は引きずられるようにして和尚の部屋にはいった。
 いつの間に用意したのか、書見していた和尚は、手燭の蝋燭(ろうそく)に火を点じて、先に立って本堂の方へ歩いて行った。五十を越したであろう年輩の、蝋燭の淡い灯によって前下方から照し出された瘠(や)せ顔は、髑髏(どくろ)を思わせるように気味が悪かった。
 本堂にはいると、灯はなびくように揺れて、二人の影は、天井にまで躍り上がった。空気はどんよりと濁って、あたかも、はてしのない洞穴(ほらあな)の中へでも踏みこんだように感ぜられ、法信は二度と再び、無事では帰れないのではないかという危惧の念をさえ起こすのであった。
 正面に安座まします人間大の黒い阿弥陀如来(あみだにょらい)の像は、和尚の差し出した蝋燭の灯に、一層いかめしく照し出された。和尚が念仏を唱えて、しばらくその前に立ちどまると、金色の仏具は、思い思いに揺れる灯かげを反射した。香炉、燈明皿(とうみょうざら)、燭台、花瓶、木刻金色(もっこくこんじき)の蓮華をはじめ、須弥壇(しゅみだん)、経机、賽銭箱(さいせんばこ)などの金具が、名の知れぬ昆虫のように輝いて、その数々の仏具の間に、何かしら恐ろしい怪物、たとえば巨大な蝙蝠(こうもり)が、べったり羽をひろげて隠れているかのように思われ、法信の股の筋肉は、ひとりでにふるえはじめた。


 

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